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2009年4月

2009年4月30日 (木)

Jun Miyake

オレは2005年の9月にパリに越してきたのだけれど、ほぼ同じタイミングで作曲家(っていうか「音楽家」っていったほうがいいのだろうか?)の三宅純さんもパリに住むようになって、そんなこともあって三宅さんとはちょっと懇意にさせていただいていたのだけれど、その三宅さんがパリのデパート、ギャラリー・ラファイエットの選出する「今年の男(マン・オブ・ザ・イヤー)2009」に選ばれて、今パリ中のメトロの駅に三宅さんのポスターが貼ってあります。
アート・ディレクターは勿論ジャン・ポール・グードで、彼はオレとはまたちょっとだけつながりがあったりして、こういうのって、何だかうれしいですよね?

Miyake

天の邪鬼

このブログを読んでる人は会社のコンピュータからアクセスしている人が多いようで、その証拠に休日になるとアクセスがガクンと減るわけです。っていうかそれはたぶんすべてのブログについて言えることで、つまりまだまだ「コンピュータ=会社のもの」っていう人が多いんだと思うのです。ブログをしているとそういう「アクセス解析」がわかるので、アクセスの減る休日、日本はしかも今ゴールデン・ウィークなわけですが、そういうタイミングだからこそあえてしゃかりきになってブログを更新したるで、という天の邪鬼な自分がいて、そんな自分が嫌いじゃなかったりします。
ではでは。

ハチクロ

昔、ある企業の広告にタレントの所ジョージを起用したことがあって、その広告の撮影現場でのことです。それはそのキャンペーンが立ち上がってから2回目の撮影だったのだけれど、そこにいたアート・ディレクター(今回も我らがタカハシ登場)が「所さん、もうちょっとこんなふうなポーズでお願いします」とかなんとか注文をつけたのに対して所ジョージが「そんなポーズしたってどうせ適当に後でそっちでめちゃめちゃに切り貼りすんだろ? 真面目にやったって意味ねーよ」みたいなことを言ったわけです。
それというのも1回目の撮影の素材をキャンペーンの立ち上がりの時にタカハシが色々といじり倒したので、何つーか「原型をとどめない」表現になってしまったからだ。タカハシとしてはベストな表現を探してるうちにそうなってしまったわけなのだけれども。そして続けて所さんは「だいたいお前ら『お絵描き塗り絵切り抜き大学』卒業のくせしてさぁ、偉そうな口きくんじゃねーよ」と毒づいたのであった。(嫌なヤツ!)

YouTubeに映画のほうの「ハチミツとクローバー」がアップしてあった(なぜかスペイン語字幕付き、音声最悪)ので全編通して観たのだけれど、「お絵描き塗り絵切り抜き大学」で別にいいんじゃん、と思ったのだ。っていうか「絵が描きたいんだよー!」という初期衝動ってやっぱり大事で、っていうかそれがすべてで、それ以外は別にどうでもいいんだよ。所さんみたいに頭がよすぎちゃうと(皮肉です)、そういうことを忘れてしまうんだけど。
「なんか描きてー」「なんか作りてー」っていう衝動がすべてなんだと、改めて思いました。オレもなんか作りたいっす。
しかし「ハチミツとクローバー」って、設定はまんまユーミンの「悲しいほどお天気」ですよね? そう思って改めて「悲しいほどお天気」を聞き直してみたのだけれど、美大の時に仲の良かった仲間が卒業してバラバラになって、絵を描き続けている人もいれば平凡な就職をした人もいて、この歌の主人公は平凡な就職をした組なのだけれど、

      拝啓、今はどんな絵 仕上げていますか?
      個展の案内の葉書きがうれしかったの
      臆病だった私は平凡に生きている

っていう詩を書けるユーミンはやっぱすごいと思います。だってユーミンだって美大を出た人間なのだけれど、彼女自身は「平凡な生活」からはほど遠い歌手という職業を選んだわけで、そんな境遇で「臆病だった私は平凡に生きている」っていう歌詞を書けるとはね。


2009年4月29日 (水)

毛布が短い

     「そういうのをねぇ、short blanketって言うんだよ。つまりさ、上半身をカバーすれば下半身が寒い。逆に下半身をカバーすれば上半身が寒い。かと言って、両方をカバーするにはこの毛布じゃ短すぎる、わけだよ」

・・・と、イタリア生まれで現在ブルックリン在住の男に言われました。つまりオレに対して、どっちかに割り切ってもらわないとこの先進みませんぜ、と言ってるわけです。

わかったよ、えーとね、それと同じ言い回し、日本語にもあるよ。帯に短し襷に長しっていうんだけどさ、と言い返そうとしたのですが、「帯」をベルトとするとして「襷」を英訳するのが面倒なのでやめました。あとで和英辞典を引いたら「It cannot be used in either way.」とありましたが、いかんせんちょっと情緒に欠ける感じはします。

できないと恥ずかしいもの

ブラインド・タッチとか、正式にはタッチ・タイピングとかいうらしいですが要するにコンピュータに文字を入力する時にキーボードを見ないでスクリーンだけを見て入力するあれですが、オレ、あれ出来ないんですよ。で、人に「オレ、ブラインド・タッチでキーボード打てないんだよね」と告白すると一様にみんな「え?」「うそ?」「いまどき?」「あなたほどの方が?(どれほどの方やねん)」「ありえない」という顔をするので、悔しくて練習を始めたわけです。

タッチ・タイピングの練習ソフトなんかもたくさん出回ってるらしいですが、お金かけなくてもネット上で練習できる時代なんですわ。しかもオンライン・ゲームみたいに他人とスコア(速さと正確さ)を競うことが出来たり、自分の上達具合をグラフにしてくれたりして、ちょっと燃えます。これとか。

http://www.e-typing.ne.jp/index.asp

しかしこの歳になると特に左手の薬指や小指が思い通りに動かなくてイライラしたりもします。沢田笹とかさ、そんな言葉ないけど、sawadazasa、左手だけで薬指・小指・薬指・小指・中指・小指・小指・小指・薬指・小指、なんてさ、そんなのこっちの意思通りに動いてくれませんよ。って言うと人は「指を『意思で』動かしてるうちはダメなんだよ」とか言うけどね。

高校2年の時にピアノを習い始めたんだけど、その時に先生から「16歳から始めてももう指が固まってて動かないんだよねー」と言われたことをふと思い出します。バイエルからやりましたけどね。

ブラインド・タッチ出来ないみなさん、「オールド・スクール」と呼ばれるのも癪ですからがんばりましょう。

2009年4月28日 (火)

マドリッド通信⑤プラド・リヴィジッテド

仕事の合間に45分間だけ時間ができたので大慌てでプラド美術館に行く。ミュージアム・ショップに行って鉛筆でも買おうと思ったのだ。美術館に行くとそこのロゴ入りの鉛筆を買うことにしているので。ついでにいうとオレは「ロゴ入り」のものが大好きだが、ホテルやカフェなんかでロゴ入りのコーヒーカップや灰皿をくすねたりするのはよくないと思う。以後、慎しみたい。っていうかどこもかしこも経費節減の折、ロゴ入りのグッズそのものが全世界的に減少傾向にあるのは悲しむべきことだと思う。

チケット売り場で聞くと、ミュージアム・ショップは改札の中にあり、つまり、正規のチケットを買わないと入れないとのこと。仕方なく6ユーロの入場券を買って、展示物には一切眼もくれずにショップに直行。鉛筆を数本買う。しかし天下のプラド美術館にしてはかなりちゃちなミュージアム・ショップだった。

2日後の日曜、朝8時半起床。パリに戻るために午前11時半にホテルのロビー集合・出発ということになっており、ゆっくり朝ごはんでも食べて・・・と思いつつ2日前にプラド美術館でもらっておいたパンフレットを見ると9時開館と書いてあったので、急に思い立ってタクシーでプラド美術館に急行。冷たい雨が降っており、チケット売り場には誰もいない。また6ユーロ払って入場。

チケット売り場が閑散としていたので中は空いているかと思ったらそうでもなく、(特に日本からの)団体さんが結構いてそんなに空いてなかった。20年前に一度だけ参加したことのある団体旅行を思い出す。あれはつらかった。何がってスケジュールが。朝4時起床、なんて普通なんだもん。

さて、1時間半しか時間がないので文字通り駆け足で名作を観る。たとえば

Photo

ラス・メニーナス/ベラスケスとか

Photo_2

裸のマハ・着衣のマハ/ゴヤとか

Photo_3

胸に手を置く騎士の肖像/エル・グレコとか。

駆け足で、パンフレットに書かれた「当館所蔵の傑作たち」のリストをひとつひとつつぶすようにオリジナルを観ていくうちに、こんなことに何の意味があるのか?という疑問がわいてくる。手元に「傑作たち」のサムネイルがあり、それと実物を照合していく作業。しかも団体さんの頭でよく見えないし。ひとつの照合が終了したら次の照合へ、という単純作業の繰り返しは、夏休み恒例のポケモン・スタンプラリーとさして変わらないではないか。

「だから言わんこっちゃない」とデュシャンが苦虫を噛み潰しているような気がしてしまいました。

ディズニー・としまえん・ランド

マドリッド通信の途中ですが、先日ディズニーランド・パリに行ったのでそのことを書きます。

フランスにやって来て3年と7ヶ月あまり、ディズニーランド・パリについては、まぁわざわざ行かなくてもいいよねぇという感じに軽視し続けていたわけです。というのも、オレはアメリカのディズニーランドには行ったことがないので比較対象が東京のそれになるのですが、東京のデイズニーランドに行くと「わぁまるでヨーロッパの街に来たみたい・・・」という素朴な感情が沸き起こるじゃないですか、だけどディズニーランド・パリの場合、「わぁまるでヨーロッパの街に来たみたい・・・」って言ったってそこはすでにヨーロッパなわけでむしろその、本物がそこにあるのにわざわざそれのニセモノを見に行くのもいかがなものか、みたいな、あるいはそのフェイク感がそこはかとない悲しみに通じたりしないだろうかという危惧があったからです、たぶん。でもまぁそろそろ帰国も近いし一応押さえておきますかね、って感じに軽い気持ちで行ってきました。

ディズニーランド・パリは、東京のそれに比べてあらゆる面で「ゆるい」です。東京のディズニーランドの場合時として日本人の几帳面さが裏目に出る瞬間があるじゃないですか、つまりスタッフの対応のそのあまりのマニュアル通り振りに辟易させられるっていうか。「僕たちは/私たちは、夢を『売って』いるんじゃない、夢を『生きて』るんです!」みたいな。いや、そんなこと東京ディズニーランドの人が言うかどうか知りませんよ、でもなんかそのがんばってる感じにこちらが引いてしまう感じ、ちょっとありますよね?

それに比べてディズニーランド・パリは、わかりやすく言えば「ディズニー・としまえん・ランド」ですね。何もかもゆるゆる。スタッフの態度も、乗り物の安全管理も、レストランがきれい過ぎない感じも、全部。従業員は私語ばっかりしてるし、レストランの場所聞いても全然知らなかったりするし。

それと、圧倒的に空いてます。我々は日曜日の午前11時過ぎに自宅を出発し、昼過ぎに到着したのですが、入場チケットを買うのに5分しかかかりませんでした。まぁあんまり天気がよくないかったせいもあるでしょうが。

そんなわけですので、ディズニーランド・パリ、日本からパリに来た場合なら、わざわざ行く必要ないと思います。フランス(もしくはヨーロッパ)在住の方で、ちょっと今度の日曜にとしまえんにでも行くべか、な感じで行くと、それなりでいいんじゃないかと。ただし入場料は東京ディズニーランド並みですが(あるいはもっと高いかも)。

Castle

2009年4月27日 (月)

マドリッド通信④500ユーロ

一緒にレストランに行った人が支払いの時に500ユーロ札を出したので思わず写真を撮らせていただきました。だってもう3年8ヶ月もユーロ圏に住んでるのに今まで一度も見たことがなかったからです。

日本だと千円札と一万円札を比べると明らかに一万円札のほうがゴージャスって言うか威厳があるって言うか要するに格の違いが明らかなのですが、5ユーロ札と500ユーロ札はデザイン的にはそんなに違いませんでした。値打ちは100倍違うのにね。

500 5

「おいおい、ちょっと俺にも見せろよ」と言って受け取り、上着の内ポケットにしまおうとする人がいたり、「そんなに500ユーロ札が欲しいなら、100ユーロ札6枚と交換するぜ」と言う人がいたり、他愛のない「大人の」ジョークでテーブルが穏やかに盛り上がりました。

マドリッド通信③デュシャンに罪はない

仕事の合間に1時間だけ時間ができたので大急ぎで「王妃ソフィアの美術館」に行く。古い病院だった建物をジャン・ヌーヴェルが改築した、と聞いて行ったのだけれど、時間が無さ過ぎてその改築部分までは到達できなかった。

Calder

でも、事前には知らなかったのだけれど、ピカソのゲルニカがあった。この前ゲルニカを見たのは、学生時代にひとりでスペインに旅行に来た時だと思う。あの時は勿論まだふさふさだったよなぁ、とひとり感慨にふける。

Duchamp

ミュージアム・ショップで見つけたトートバッグ。デュシャンに罪はない、のか?

マドリッド通信②ヴァニティ・フェア

Vanity

スペイン版「ヴァニティ・フェア」の表紙ですが、「これ、男としてはかなりうらやましいシチュエーションだよねぇ」と隣の男に話しかけようとしたら、その男がヘテロではないことに気がついて慌てて口を噤んでしまいました。知らんぷりしてあえて聞いてみればよかったと今になって反省。

マドリッド通信①肉食

日本通を自称し、何度も日本に来たことのあるガイジンが「ニホンリョウリナラヤッパリスキヤキトシャブシャブデスネ」とか言うのを聞いたとしたら「まぁ別にいいんだけど、ちょっと底が浅くないか?」と思ってしまうような気がするのだが、もう20回以上もスペインに行っているのに(その大半はバルセロナですが)いまだにスペインに来るとイベリコ豚の生ハムとコロッケとTボーン・ステーキばっかり食ってしまう、底の浅いオレです。

Jamon Croquetas Steak

2009年4月16日 (木)

おおたクンとさとう君

確か、パンチ・パンチ・パンチ→あおいクンとさとう君→たむたむタイム→コッキーポップという順番じゃなかったですかね、ニッポン放送的に言うと?

おおたクン、となれなれしく書きましたが特に面識があるわけではなく、オペラ座の近くのうどん屋で冷やしきつねうどんとカツ丼というお前学生かよな献立と共にスーパードライを飲んでいたらたまたま隣の席がおおたクンだっただけです。それも、彼が店に入ってきた瞬間にあ、おおたクンだとわかったわけではなく、おおたクンが一緒に来た人たちに向かって「最近あの辺にフェンシング場ができたんですよね」とかなんとか言うのを聞いてぴんと来たわけです。そう言えばこの間ヤフー・ニュースかなんかで「太田選手が本拠地をフランスに移した」みたいな記事を読んだな、と。失礼ですがなんか思ったよりも小柄で、だけどとても好青年な印象の人でした。がんばって下さい。

さとう君とは2年半ぶりぐらいに会いました。東京から2泊4日で出張に来ていてしかも朝7時半からびっしり予定が入っているわ2晩とも得意先と晩飯食わなきゃいけないわという厳しい状況の中で、晩飯のあとでよかったらちょっと飲みませんかと言ってくれたので彼の滞在しているホテルのバーまで喜んで出かけていきました。持つべきものは友達だ、とこの歳にしてしみじみ思う今日この頃です。ここには決して書けないいろんな話をしました。ありがとう。

Kashiwa

2009年4月12日 (日)

目玉焼の話

今は昔、たぶん90年代の半ばだったと思うのだが、アート・ディレクターのタカハシとロサンゼルスにロケに行った時のことである。夕方の4時頃だったと思うけれど、ロケハンの途中でちょっと疲れたので休もうということになり、現地在住のコーディネーターとタカハシと3人でロデオ・ドライブの近くのバーニーズ・ニューヨークのてっぺんにあるカフェにお茶しに行きました。そこでおもむろにタカハシが小腹が減ったので何か食べたいと言い出し、メニューにあったサニーサイド・アップを注文したわけです。要するに目玉焼きですね。すると、ウェイトレスのいかにもカリフォルニアなオネーサンが「こいつ、午後の4時に目玉焼き食うのかよ?」という顔をしたのですかさずコーディネーターが「いやーこの人クリエイターなのよ、一般常識からすれば午後の4時に目玉焼きなんてありえないけど、何しろクリエイターだからね、まぁぶっちゃけかなりクレイジーなわけ。しょうがないじゃない、クリエイターなんだから」というフォローを入れてくれたわけです。そうしたらそのウェイトレスのオネーサンも「なんだクリエイターかぁ、じゃあ何でもありだもんね、常識に逆らうのが仕事みたいなもんでしょ? しょうがないよね」と言って納得してくれたのでした。
クリエイターという人種はちょと変わっていて、クレイジーで、だけど自分たちの息が詰まるような常識に縛られた生活に風穴を開けてくれる人である、という了解を持った人々に囲まれて暮らすクリエイターって、なんて幸せなんだろうとオレはそのとき思ったのです。そして、できることなら一生クリエイターでいたいものだ、とも。
しかしこの間サンジェルマン・デプレのカフェ・ド・フロール(サルトルやボーヴォワールで有名な老舗カフェ)で午後の3時半に目玉焼を頼んだ時、ギャルソンは眉ひとつ動かさなかったから、「常識はずれな行動」を許容する度合いはパリのほうが高いのかもしれない。
死ぬほどうまい「モリーユ茸ソースの目玉焼(モリーユ茸そのものもゴロゴロ入ってる)」を食べながら、そんな目玉焼にまつわる話を思い出してました。

Photo

「ビストロ・ポール・ベール」はパリを代表する(っていうのはフィガロ・ジャポンの「パリのビストロ特集」なんかによく出てくるお店らしいので)ビストロです。


2009年4月 8日 (水)

元気づけるもの

ヘア・トニックとかジン・トニックとかトニック・ウォーターとかに使われる「トニック」という言葉、もともとは「人を元気づける」という意味なんですね。高校の時に始めてヘア・トニックを使い始めて以来慣れ親しんできた言葉なのにもともとの意味を知らなかった・・・。

話は私事になりますがっていうかもともとブログって私事ですが、今いちばん気に入ってるジュースがこの「TONIC BREAKFAST」です。普通のオレンジとブラッド・オレンジとレモンのミックス・ジュースなんですが、適度な酸味が朝のお目覚めに最適です。

日本でも売ってるでしょうか?

Tonic

2009年4月 7日 (火)

こわいはなし

「ドラえもんとのび太とジャイアンとスネ夫としずかちゃんがみんなでなつ休みにジャイアンのおじさんのいえにあそびに行くことになったのね。ところがおじさんのいえについたらおじさんがいなくて、しかたがないからじぶんたちでごはんをつくってたべたの。ごはんがおわったあとで、ジャイアンとスネ夫がのび太にさきにおふろに入っていいよっていったんだけど、それはしんせつでいったんじゃなくてのび太がおふろに入っているときにおばけのふりをしておどろかそうとおもったわけ。のび太がおふろに入るじゅんびをしているあいだにおふろをもやすところにジャイアンとスネ夫がかくれていて、のび太がおふろに入ってきたしゅんかんにふたりで(怖そうな声を作って)『うらめしやー』って・・・」


「こわいはなしをしてあげる」と7歳になる娘が言うので聞いていたら、この話の重要なポイント、最後の「うらめしやー」を完全に間違えて


「いためしやー」


って言ってました。大笑い。

2009年4月 6日 (月)

マラトン・ド・パリ

飯山くんにとって今年が2回目のパリ・マラソンであった。1回目の去年はレース打ち切りとなる6時間のほんのちょっと前になんとかゴールしてとりあえずはフルマラソンの初完走を果たしたのだけれど、今年はひそかに大幅な記録更新を狙っていたらしい。

ウチのアパルトマンのすぐ裏の道がコースで、36キロ地点と表示されており、まぁ5時間半で完走するとしたらこのぐらいの時間に応援に行けば十分だなとたかをくくっていたのだけれど、なんと4時間半ほどで完走を果たしてしまい、結局その勇姿を見ることはできなかったのだった。すまぬ飯山!さすが東北人、粘り強い!

Tete

トップ争いをするアフリカ人たち。テレビ中継で先頭集団の接近を見はからって裏の道に見に行きました。

飯山が通るのは3時間後だなと思っていったん家に帰り、マレーシアグランプリなんか見ているうちに飯山はここを通過してしまったわけです。

Croco

この写真は飯山ではありません。イギリスから参加のワニです。

2009年4月 4日 (土)

トリュフへの旅

フランスの中でも「美食の土地」といわれている地方に旅行しました。その場所の名産はトリュフとフォアグラだそうです。つまり世界三大珍味のうちのふたつを占めているわけで(ですよね? 世界三大珍味って、トリュフとフォアグラとキャビアですよね?)そんな贅沢な場所で、トリュフのアイスクリームを食べました。まぁ、うまかったです。まぁ、普通でしたが。まぁ、見た目通りの味でした。
a href="http://janeausten.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/04/05/foie_gras_icecream.jpg">Foie_gras_icecream


OYAJIギャグ

クレルモン・フェランという街に行ってきました。と言っても正確にはクレルモン・フェランは目的地ではなく、パリからクルマで南フランスに旅行に行ったのですが、本来の目的地が一日で行くにはちょっと遠いためクレルモン・フェランで一泊しようということになったのでした。つまりこちらとしてもクレルモン・フェランに宿泊してはいるものの「ここは本来の目的地じゃないもんね」感が漂う中途半端な滞在になってしまったわけで、そういう意味ではクレルモン・フェランに申し訳ないことをしたと思っています。
まぁしかしフランス人の友人に「クレルモン・フェランで一泊するんだよね」と言ったら「あー、あそこは何もないよ」と言われてはいたのですが。
Gas_station_2
それにしても「クレルモン・フェラン」という名前は何と言うかオヤジギャグ魂を激しく刺激する言葉ですよね?
「オマエ、なんでそんなにいつも潤沢な小遣い持ってんだよ?」
「いやー、おふくろが毎朝くれるもん、減らん」
みたいな処理をついしたくなります。オヤジギャグの暴発を誘う精密なデコイのような言葉だと思います。
考えてみるとフランス語にはこういう微妙な言葉が多いです。そもそも「サルコジ」とか「ミッテラン」とかも、なんかちょっと絡んでみたい言葉ですよね?
「そこに行くにはどうやって行くのですか?」というのをフランス語で「Comment peut-on y aller?」と言うのですがこれなんか「肛門プーというあれ?」ですから・・・。
Fountain


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