アメリカの夜
フランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」。DVD。980円。夏休みに日本に帰った時にアマゾンで買っておいた。
この映画は「映画を撮影することに関する映画」なので、映画やコマーシャルの(フィルム)撮影の現場を知っている人には「ホント、そういうことってあるんだよねぇ」なことが満載だ。
たとえば主人公の映画監督(トリュフォー自身が演じている)が撮影所のセットを歩いていると、スタッフが次々に寄って来て「監督、クルマの色はどうしますか?」「監督、カツラの色はこれでいいですか?」「監督、拳銃はどれにしますか?」と質問攻めにする。そしてそこに「映画監督とは、質問を受ける職業である」というナレーションが入ったりする。
「そんなことオマエが決めてくれよ」と言いたいのをグッと我慢して(いるようにオレには見えるのだが)、スタッフの質問に丁寧に答えるトリュフォーなのだった。
「クルマの色は赤か白のどっちにしますか」と訊かれて「この2台のうちのどっちかから選べと言うなら白だけど、この白いクルマ、青に塗り替えられないかなぁ」と言う監督に「塗り替えは不可能じゃないけど2000フランかかる」とプロデューサーが答え、「あ、じゃあこれ、こっちのクルマがいいよ、青だし」「これ、助監督のクルマですよ」「いいじゃん、あいつなら使わせてくれるよ」と続くやり取りがいかにも撮影の現場な感じで面白かった。
って書いていたら、伊丹十三の「お葬式日記」か「マルサの女日記」のどちらかだと思うけど今手元に本がないので定かではないのだけれど、こんな記述があったのを思い出した。
スタイリストが出演者の衣装を持ってくるのだけれど、全部気に入らない。「違う」と言って、数日後にまた集めて持ってきてもらう。また全部気に入らない。また数日後に持ってきてもらう。また全部気に入らない。それの繰り返し。
本当はただ「違う」と言うだけではなくて、「こんな感じがいい」と言わなければいけないのは伊丹十三自身も自覚しているのだけれど、それは自分にもわからないのだ、ただ、持ってきてもらった衣装が「違う」ことだけははっきりとわかる。そうやって、「ノー」を言い続けるうちに、なんとか衣装の方向が見えてくる。伊丹十三はこれを「ノーと言い続けるしかないディレクションもあるのだ」と書いていた、たぶん。
まぁそれはさておき「アメリカの夜」に戻ると、あまりにもいろんなことが起こって撮影が行き詰まった夜、主人公の監督は夢を見る。それは自分が子どもの頃の夢で、映画館の前から映画のスティル写真を盗む夢というか回想なのだが、その時の映画が「市民ケーン」なのだ。
あ、そうか。じゃあ次は「市民ケーン」を観よう。
こんなこともあろうかと同じタイミングで「市民ケーン」のDVDも買ってあるのだ。500円。
オールタイムの名作映画ベスト10で常に1位だった市民ケーンが、今年イギリスの映画雑誌「エンパイア」が主催したランキングで28位に落ちているのを見てちょっと隔世の感を覚えたけれどね。ちなみに1位は「ゴッド・ファーザー(パート1)」でした。
エンパイアのホームページ上で1位のゴッド・ファーザーを紹介している短文がやたらかっこよかったです。単語をならべたたけで、見事に映画のことを語っております。まぁちょっと北方謙三みたいだけれど。
A wedding. A horse's head. A gun in a restaurant toilet. Sicily. Another wedding. A car bomb. A toll-booth. Orange peel. A baptism. A closed door.
以下、ものすごい細かい話。
「アメリカの夜」の中で、前日に撮影したシーンのラッシュをスタジオの試写スペースでスタッフみんなで観るシーンがあるのだけれど、あれに音が戻ってるのは変だと思いました。たぶんトリュフォーは、ラッシュのことを知らない観客のためにわざと音を戻したのだと思うけれど。それにここで劇中映画の主人公の若い俳優が自分の映像に合わせてセリフを言うという、この若い俳優の自意識を表現するためにも必要だったからだが。
それと、最後のほうで撮影中に「音楽スタート!」と言って撮影しながらLP盤をかけるのもちょっと変。
いや、そんな重箱の隅をつつくのはオレの本意ではないのだけれど。


コメント